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南海沿線にある漁港および周辺地域の魅力を伝えるウェブマガジン

漁師たちの一日。
大阪湾でシラス漁を体験する(前編)

2015.11.25

最寄り駅:南海本線 泉佐野駅

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私たちの食卓でも馴染み深いシラスは、イワシの稚魚。関西では、淡路島や和歌山近辺で獲れることが有名だが、実は大阪の漁師たちの間でも、大量のシラスが漁獲されていることはあまり知られていない。
大阪の海は魚が生育するためのエサがとても豊富で、イワシは群れを成して回遊しながら、春から秋にかけて、この大阪の海で産卵を繰り返しているそうだ。

南海本線「泉佐野」駅から歩いて約15分のところにある佐野漁港。ここに拠点を置く北中通漁業協同組合は、このシラス漁を生業としている、およそ60名の漁師が集まる漁協だ。シラスの漁期は、イワシの卵が孵化する4月下旬から12月。漁獲するのは、主にカタクチイワシの稚魚で、およそ20〜40ミリほどの大きさのものだという。

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しかし、広い海の中で、そんなに小さなシラスをどのように見つけ出し、どんな方法で漁獲しているのだろう?よくよく考えてみると、全く想像のできない世界なのである。
そこで、同漁協の組合長、角野隆夫(かどのたかお)さん(58歳)の船に同乗させてもらい、実際に、シラス漁の現場を見せてもらうことにした。

夜が明けきらないうちに出航

シラス漁が行われるのは、日の出から日の入りの時間までと、大阪でシラス漁を行う漁師たちの間でルールが取り決められている。日が昇り明るくなってからでないと、漁を行う他の船の様子が見えず、お互いの網が重なり合うなどのトラブルが起きやすいからだそうだ。
また、日の入りまで漁が可能だとはいっても、午前11時頃には、岸和田漁港でシラスの入札が始まる。漁師たちは入札に合わせて、獲ったすべてのシラスを水揚げしなくてはならず、漁に与えられた時間は、1日におよそ5〜6時間ほどしかない。

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まだ夜も明けきらない佐野漁港は、これからシラス漁へと向かう漁師たちのあわただしい気配とともに、それまでの静けさを破るかのような漁船のエンジン音が響き渡っている。

 “陽が昇ったら、すぐに網を入れんと時間がなくなるやろ。せやから夜明け前には船を出さんとな。一番最初に行くポイントも、前の日にいろんな情報を集めて決めておくねん。時には、自分の勘でポイントを決めることもあるけどな。”

いくらポイントを決めておいても、シラスがいるかどうかは、実際に到着してみないと分からない。
角野さんは、とりわけ冬の休漁期間を終えて、シラス漁を始める最初の日は不安な気持ちがいっぱいで、それは、何十年と漁を行ってきた今でも変わらないという。
そして午前4時を回り、出航の時がきた。船は岸を離れて漁港を後にすると、エンジンを全開にして、目指すポイントへ向かって走り出す。船を操る角野さんの表情からは穏やかさが消え、その目はまっすぐに暗い沖を見つめている。声をかけることも憚られるような緊張感と、これから始まる未知の体験への期待感が同時に押し寄せて、ドキドキと自分の胸の鼓動が高まっていくのを感じずにはいられない。

チームプレイで行う船びき網漁

シラス漁は、3隻の船が1船団となって操業する、「船びき網漁」と呼ばれる漁法で行われる。

角野さんが操る「第五辰丸」は、「手船(てぶね)」と呼ばれる船団の指揮船だ。ほかに、「網舟(あみぶね)」と呼ばれる2隻の船があり、網舟は、手船が指示したポイントに網を入れ、シラスを捕獲する役割を担う。

網船が引く網は、長さがおよそ150メートル。船に近い、手前100メートルほどの部分が二つに分かれていて、その先の50メートルがひとつの網になっている。その形状が、ももひきの一種であるパッチにも似ていることから、パッチ網とも呼ばれるものだ。そして網の最先端には、袋網(ふくろあみ)と呼ばれる目の細かい網が取り付けられており、そこにシラスが集まる仕掛けになっている。

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網の分かれている部分は、又綱(またづな)と呼ばれるロープでどちらの網舟ともつながっている。そして、2隻の網船は海中に網を下ろすと、エンジンの回転数を合わせてゆっくりと並走しながら、網を40メートルから70メートルもの幅に広げて、シラスを網の中に追い込んでいく。

この網船は、2隻の足並みがしっかり揃っていないと、網を正常な位置に保つことができず、シラスを取り込む袋網の部分までがねじれてしまう。いくら回転数を合わせて進んでいても、潮などの影響を受けると双方の進み具合が変わってしまうため、とても慎重な操作が要求されるのだと角野さんは教えてくれた。

ちなみに大阪には、この船びき網漁を行う船団が66船団あるそうだ。基本的には、手船を操る漁師が1人、網船を操る漁師はそれぞれ2名ずつの計5人で1船団が操業され、それぞれの船団のメンバーが変わることはない。
どの船団も、長年の漁で培ってきた息をぴったりと合わせ、見事なチームワークで漁を行っていくのだという。

船の中にある司令室

それでは、手船は小さなシラスをどのように見つけ出すのだろうか?その答えは、角野さんのいる操舵室に隠されていた。

操舵室の正面には、舵機とともに4つの大きな計器と無線が取り付けられており、その光景は、さながら司令室のようだ。そしてこの計器類だけで、なんと500万円ものお金がかかっているのだという。

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一番左側にある、緑色の円周にいくつもの点があつまっている画面はレーダー。漁船がどのエリアに多く集まっているかを見るためのものだ。

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その隣にあり、大阪湾の地形を映し出しているのがGPSで、自分の船が今いる位置、そして移動してきた航路が軌道線で確認できる。手船はこのGPSに表示された経度、緯度を網舟に伝え、網船を正確な位置まで誘導するのである。また、これまで漁を行った日の航路も記録しておくことができ、そのデータは、漁のポイントを決めるときにとても役立つのだという。

紫色の画面はソナーと呼ばれるもので、自分の船がいる場所を中心に、海上からの距離で魚がいるポイントを知るために使われる。手船はそのポイントの真上まで移動し、今度はソナーの右手にある魚群探知機で、魚がいる海の深さを探るのである。

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魚群探知機は、表示される画面に魚群が赤く映るようになっている。さらに周波数を変えた2つの画面が表示されていて、シラスなどの稚魚と、骨がしっかりと成長したイワシなどの魚が、画面上で判別できるようになっているというから、漁業のハイテクノロジー化には驚かされてしまう。

そして網舟との連絡に欠かせないのが無線機。漁を行う船団ごとに無線機の周波数は替えられており、自分たちの船団がいまどんな状況にあるかなどは、決して、他の船団に分からないような仕組みになっているのだ。

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 “同じ漁師でも、漁に出たらみんな商売敵やからな。他の船団が近くにおって、お互いに知らせ合わなあかんことがある時なんかはレシーバーを使うねん。信頼できる仲間とは、そっちの漁場はどうなってるかとか、携帯電話で情報交換することもあるよ。”

徹底して、緻密に行われる網入れポイントの絞り込み。そして、自分が見つけ出したポイントを、決してライバルには教えないという厳しさ。そんなプロの漁師の心意気が、ピンと張りつめた空気が漂う、この操舵室から伝わってくる。

(→後編に続く)

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