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南海沿線にある漁港および周辺地域の魅力を伝えるウェブマガジン

江戸時代より続く鮮魚商
5代目の新たな挑戦とは

2016.03.23

最寄り駅:南海本線 尾崎駅

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[有限会社藤左ヱ門 中谷嘉幸さん]

尾崎港は、南海本線・尾崎駅からも歩いてすぐの小さな漁港。そこからさらに県道250号線沿いを、南西方面へ3分ほど歩くと目に飛び込んで来るのが、ダイナミックな書体で“藤左ヱ門”と彫られた木の看板。繊細ながらも躍動感ある鯛の絵柄と、“創業文久年間”と刻まれた文字が印象的である。

今回取材させてもらったのが、こちらの看板を掲げる「有限会社 藤左ヱ門(とうざえもん)」。看板に書かれた「海産商」の文字が示す通り、海産物、特に鮮魚をメインとした卸売業を営む会社だ。

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ちなみにこのインパクトのある看板は、木彫刻を手がける「賢申堂(けんしんどう)」の河合申仁氏によるもの。地車彫刻でも有名な、岸和田の「木下彫刻工芸」で腕を磨いた名彫師である。

3年前に新調したこの看板の評判は上々で、わざわざ写真を撮りに訪れる木彫り好きまでいるのだそう。木彫りに詳しくない私も、この迫力ある看板には思わず見とれてしまったのだが、そうこうしているうちに、事務所の奥から社長が出迎えてくれた。

海産商の老舗を継ぎ、魚の目利きのプロに

「有限会社 藤左ヱ門」は江戸後期である文久年間の創業以来、約150年にわたりこの南大阪の地で、主に地魚を取り扱う、鮮魚の卸売を営んできた老舗である。そして今回お話を聞いたのが、5代目社長としてその伝統を受け継ぐ中谷嘉幸さん(47)。18歳の若さで、父親である4代目が亡くなり、大学卒業後すぐに家業を継いではや25年になる。

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現在の業務内容は「卸売業」がメイン。朝市と昼網に合わせて行われる1日2回の地元の競りで、目利きを活かして買い付けた鮮魚を、飲食店やホテル、大手スーパーマーケット、そして一般客などにも提供している。

ちなみに朝市は、地元鮮魚店の協同組合によって開催されていたが、組織解散に伴い3年ほど前より「有限会社 藤左ヱ門」がその運営を引き継いでいる。阪南市新村地域の名にちなみ、通称「新村の朝市」と呼ばれ、毎朝6時半になると、尾崎から多奈川の漁師たちによって持ちこまれた魚が競りにかけられる。また、14時半から尾崎港で行われる昼網の競りでは、底引き網漁で水揚げされたものを中心に買い付ける。季節により異なるが、泉州沖でこの冬の時期水揚げされるのは、アカシタビラメ、ワタリガニ、サワラ、タチウオ、ハモ、アジ、カレイ、タコ、エビ類など10~15種ほどだという。

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“昔から大阪湾はエサが豊富やさかい、泉州沖で獲れる魚は脂が乗っていてウマイと言われてるんですわ。”

中谷さんはそう言って、店先の水槽に入った魚を、網ですくい上げて見せてくれた。ピチピチと勢いよく跳ねる様子が、特に説明を必要としないほどに魚の新鮮さを物語っている。

漁獲高の減少を目の当たりにして

子どもの頃から魚を間近に見て育ち、大学卒業後すぐに家業を継いだという中谷さんだが、実は幼いころは魚が嫌いで仕方なかったと話してくれた。

“私らが子どもの頃は、今よりもっともっと魚がようさん獲れたんですわ。昼網の競りといえば今やったら30分位で終わってしまうけど、当時は15時頃から始まって、うちの父親はようさん買うてくる人でしたから、帰って来るのが17時、18時くらいになったんです。そこから仕分けの手伝いなんかしてたら19時を過ぎてしまう。小学生の僕からしたら、宿題終わって遊びたいし眠たいし、もう、そんなたくさんある魚を触るのがほんまに嫌でね。”

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当時を懐かしみながら語ってくれた中谷さん。何より印象的だったのが最後に言ったひとことだった。

“せやけどそれだけようさんの魚、今は欲しくても獲れへんさかい、今考えるとええ時代でもあったいうことですわ。”

大阪府下の漁師さんや漁協などを取材している中でよく耳にするのが、「大阪湾の水は綺麗になりすぎたため、エサであるプランクトンが減り、魚が棲みにくくなってしまった」という言葉だ。瀬戸内海~紀淡海峡~太平洋を繋ぐ魚の通り道である大阪湾は、昔はエサとなるプランクトンなどがたくさんいる、例えていうなら“魚にとって魅惑的な歓楽街”のような場所だったのだという。だからこそ長く滞在して脂が乗る魚が多かったのだそうだ。

ところが今は、言わば「水清ければ魚棲まず」状態なのだという。「有限会社 藤左ヱ門」でも、つい10年程前までは地物の仕入れに依存していたが、徐々に地物を扱うだけでは厳しい状況に。しかし現状を嘆くだけでは前に進まないと、地物メインではあるものの全国からの仕入れルートも増やすことにした。

魚の魅力を伝える、ほんまもんの「魚屋さん」を

“家業を継いだ頃は、「継いどいたらええか」くらいの軽い気持ちでした。まだ若かったこともあって、正直深く考えてなかったんですわ。せやけど商売を続けるにつれ、だんだんと創業150年という重みを実感するようになりました。なんでも長い間、続けるというのはやっぱり大変なことやなと。せやから、せっかく先祖代々残してくれたものを自分の代で絶やしたくはない。せやけど生き残っていくには、これまでと同じことだけやってても限界がある、今は特にそんな時代なんでしょうね。”

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阪南市周辺の漁獲高が年々減っている中、魚屋というものの生き残り自体が難しくなるだろう。だからこそ、地物以外の仕入れにも積極的に取り組んできた。と語る、そんな中谷さんに次なる目標を聞いてみた。「まだまだやらないといけないことはたくさんあるなぁ」と、爛々とした眼差しで挙げてくれたのは、きちんと内実の伴った地魚のブランド化、市内の漁協同士の連携、など。そして最後に「実はもうひとつ、夢があるんですわ」と話してくれた。

“ほんまもんの「魚屋」をやること。ほんまもんて何か言うたら、魚のほんまの魅力が伝わる店。新鮮な生魚はもちろん、焼き魚、煮魚、寿司なんかのうまい惣菜も売ってる。それと一番大事なのが、直接お客さんにおいしい調理法を伝えられるプロがいること。魚介もインターネットやらで手軽に購入できる時代やからこそ、こういう原点に立ち返った視点が見直されるべきやなと。うちの規模でこれを実現するのはなかなか難しいんでしょうけど、少しずつ会社も大きくなってきてますから、目標として掲げておきたいですね。”

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小学生の息子さんがおられるという中谷さん。父親の背中を見て育っているおかげもあってか、家族で手巻き寿司などをする際は息子さんが率先して魚を調理してくれるという。中谷さんの思いは息子さんにも伝わり、その夢は後世にも引き継がれていくに違いない。現代では、魚というものが、なんと切り身の状態で泳いでいると信じる子ども達がいるのだという。それほど、街なかで丸魚を目にする機会が減ってしまった今だからこそ、中谷さんが描く、ほんまもんの「魚屋」さんが増えていくことを願う。

〈写真提供〉※1 有限会社藤左ヱ門

<春を呼ぶイカ… 尾崎港の記事水産資源の豊…>

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有限会社 藤左ヱ門

大阪府阪南市新町229
最寄り駅:南海本線 尾崎駅より徒歩約8分
TEL : 072-472-0549
[営業時間]6:30〜18:00
[定休日]年中無休